AIや機械による自動化は仕事を奪うだけではなく生み出す側面がある

1. 「労働総量一定の誤謬」とは何か

経済学でいう「労働総量一定の誤謬(Lump of Labor Fallacy)」とは、

「世の中で必要とされる仕事の量はあらかじめ決まっていて、一定である」

と無意識に仮定してしまう考え方のことです。
この考え方に立つと、以下のような誤った結論が導かれます。

  • 移民・女性の就業・高齢者就業が増えると、若年層の仕事が奪われる
  • 自動化・AI・生産性向上が進むと、仕事が「機械に取られて」人間の失業が増える
  • 労働時間を短縮し、仕事を皆で「分け合えば」失業は解消できる

しかし現実の経済では、新しい技術・新市場・新産業が生まれることで「仕事の総量」自体が変化します。したがって、「一定の仕事のパイを奪い合っている」という前提は誤りとされます。

この用語は19世紀末のイギリスの経済学者デヴィッド・フレデリック・シュロスが、労働運動の一部に見られた「仕事の量は決まっている」という考え方を批判する文脈で使ったのが起源とされています。

当時は「労働時間を短縮すれば、残りの仕事を雇用者が新たな失業者に分配するから、失業が減るはずだ」という主張がありましたが、シュロスは「そもそも仕事の量は変動するし、賃金や価格など経済全体の調整を無視している」として、この考え方を「誤謬」としました。


2. 事例:トラクター導入と農業の機械化

「トラクターが仕事を奪う」という恐怖

20世紀初頭から中頃にかけて、アメリカなどでは農業の機械化(トラクター・コンバインなどの普及)が急速に進みました。
機械化により、農業生産に必要な人手は大幅に減り、多くの農業労働者が仕事を失うのではないかと懸念されました。

しかし歴史的なデータを見ると、

  • 農業に従事する人口の割合は大きく減少した一方で
  • 製造業やサービス業など別の産業で雇用が増加し、都市部への移動が進んだ
  • 農業機械そのものを作る産業や、流通・加工・小売など周辺産業も拡大した

という流れが確認されています。

近年の研究でも、農業機械の導入は、農家が非農業部門にスムーズに移行することを助け、主観的な生活満足度を高めているという結果が報告されています。(※1)

ポイント:

  • 短期的には「特定の仕事」(農業の単純労働)は減る
  • しかし長期的には、新産業・新職種・新ビジネスが生まれ、「全体の仕事量」は大きく変化する
  • このダイナミックな変化を無視して「仕事は一定」と考えるのが、まさに「労働総量一定の誤謬」

3. なぜ仕事は「固定」ではないのか

技術進歩や自動化は、多くの場合「同じ時間でより多く・より安く」生産できるようにします。
その結果、

  • 価格が下がり、需要が増加(例:自動車・家電・スマホ)
  • 浮いた所得が他の財・サービスに向かい、新たな産業に雇用が生まれる
  • 生産性の高い産業が経済全体を押し上げ、総所得と雇用のベースが拡大する

という波及効果が生じます。

技術が仕事に与える影響は、ざっくり言うと次の二つに分けられます。

  • 代替効果:機械・AIが人間の仕事を直接置き換える(ルーチン作業など)
  • 補完効果:機械・AIの導入によって、人間の仕事の生産性や価値が高まる(分析ツールを使う専門職など)

過去の歴史では、長期的には補完効果や新産業の誕生が積み重なって、全体として雇用は拡大してきたと多くの研究が指摘しています。

一方で、「長期的には大丈夫」と言っても、

  • 特定の職種・地域に失業が集中する
  • スキル転換(リスキリング)が追いつかない人が取り残される
  • 賃金が長期間停滞する時期がある

など、短〜中期の「痛み」は何度も歴史的に経験されています。産業革命期のイギリスでは、生産性が上がる一方で、実質賃金が数十年停滞したという分析もあります。(※2)


4. 自動化は本当に雇用を減らしていないのか?

OECDの分析では、「自動化によって完全に代替されるリスクが高い職(高リスク職)」は平均して約9〜14%程度と見積もられており、一方で、仕事内容が大きく変化するが完全には消えない職は30%前後にのぼるとされています。(※3)

重要なのは、

  • 「すべての仕事が消える」のではなく
  • 仕事の中のタスク構成が変化する
  • 同じ職種名でも、中身がかなり変わる

という点です。

AIに絞った最新の分析では、

  • これまでのところ、AIの導入が労働需要(雇用の総量)を明確に減少させた証拠は限定的
  • むしろ、AIを導入している企業ほど、成長とともに雇用も増えている例が見られる
  • ただし、低スキルのルーチン職は代替リスクが高く、スキル格差・賃金格差拡大の懸念が大きい

といった結論が示されています。(※4)

OECDのAI調査(製造業・金融業など7カ国対象)では、AI導入企業の従業員は、

  • 仕事満足度・健康・賃金などでプラス面を感じつつも
  • 仕事の強度(ワークインテンシティ)増加やプライバシー・偏見などのリスクも感じている

という複雑な現状が報告されています。(※5)


5. AI時代の「労働総量一定の誤謬」

どのような形で現れているか

現在のAI・自動化をめぐる議論では、以下のような見方が「労働総量一定の誤謬」に近い形で現れます。

  • 「生成AIが文章やプログラムを書けるなら、ライターやエンジニアの仕事はほぼなくなる」
  • 「AIがホワイトカラーの仕事をやるようになれば、人間のホワイトカラーは不要になる」
  • 「AIで70%の業務が自動化されるなら、7割の人が失業する」

しかし、実際には、

  • AIは「タスクの一部」を代替しつつ、新しいタスク(AIの設計・運用・監査、AIを前提とした新サービス)を生み出す
  • 仕事の中身や形態が変わることと、「仕事の総量がなくなる」ことは別問題
  • 経済全体の需要・産業構造・制度次第で、雇用の結果は大きく変わる

という点を考える必要があります。

一方で、近年はこの概念への批判もあります。

  • 過去と比べて、AIのような「汎用技術」が広範な職種を同時に代替する可能性
  • デジタル技術による「スーパースター効果」(一部の企業・人材に利益が集中)
  • プラットフォーム企業・ビッグテックの市場支配による、利益の偏在

などを踏まえると、「長期的には大丈夫」と単純には言えない、という議論も強くなっています。

つまり、

「仕事はゼロサムではない」という“反・労働総量一定の誤謬”の立場

「ただし、放置すれば格差拡大や一部層の恒常的失業という深刻な問題は起こりうる」という警告

この2つを同時に考えることが、AI時代には重要になっています。


6. 政策・企業・個人にとっての含意

6-1. 政策レベル

各国の政府・国際機関(OECD、世界銀行など)は、AI・自動化の中で雇用を守りつつ生産性向上を図るために、次のような方向性を掲げています。

  • 職業訓練・リスキリングの強化(特に低スキル層向けの生涯学習)
  • 失業保険・所得補償などセーフティネットの整備
  • 労働移動の支援(成長産業へのスムーズな移行)
  • AI導入に伴う労働条件・健康・プライバシー保護のルール作り

日本についても、OECD各国と比較しながら、企業のAI導入と職場環境の変化を分析する研究が出ており、今後の制度設計の重要性が指摘されています。

6-2. 企業レベル

企業にとっては、

  • 「人件費削減のための自動化」ではなく、「人とAIの補完関係を最大化する設計」が競争力の鍵
  • AI導入と同時に、従業員のスキルアップ機会を用意しないと、内部での“勝ち組/負け組”が固定化する
  • 働き方・評価制度・組織設計を「AI前提」で見直す必要

などが重要な課題として浮かび上がっています。

6-3. 個人レベル

個人としては、「仕事を奪われる/奪わない」というゼロサム的な発想から、

  • AI・自動化を自分の生産性を上げるツールとして使いこなす
  • 「置き換えられやすいタスク」ではなく「AIを活かした付加価値」にシフトする
  • 専門スキル + デジタルリテラシー + コミュニケーション・創造性などの組み合わせ

を意識することが重要だと、多くの研究・レポートが示唆しています。


7. まとめ

  1. 「労働総量一定の誤謬」とは
    「仕事の量は一定で、誰かが働けば誰かの仕事が減る」というゼロサム的な考え方であり、歴史的にも理論的にも誤りとされてきました。
  2. トラクター導入などの歴史的事例では
    特定の仕事は減ったものの、新たな産業・職種が生まれ、経済全体としては雇用の形を変えながら拡大してきました。
  3. AI・自動化の現在の証拠を見る限り
    「すべての仕事が消える」というより、「仕事の中身・必要スキル・職種構成が大きく変わる」ことの方が現実的なリスクです。
  4. とはいえ、移行期の痛みや格差拡大は現実の問題であり
    「誤謬だから心配無用」ではなく、政策・企業・個人それぞれのレベルで、移行を支える仕組みづくりが重要です。
  5. AI時代のポイントは
    「仕事はゼロサムではない」という視点を持ちつつ、
    「誰が、どんな条件でその恩恵を受けるのか」という分配・公正の問題を同時に考えることだと言えます。

※1 Bazargani, Khadijeh & Deemyad, Taher. (2024). Automation’s Impact on Agriculture: Opportunities, Challenges, and Economic Effects. Robotics. 13. 33. 10.3390/robotics13020033.
※2 https://www.mckinsey.com/featured-insights/future-of-work/five-lessons-from-history-on-ai-automation-and-employment
※3 OECD (2019), OECD Employment Outlook 2019: The Future of Work, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/9ee00155-en.
※4 Artificial Intelligence, Automation and Work — Daron Acemoglu & Pascual Restrepo, NBER Working Paper No. 24196, National Bureau of Economic Research, January 2018, DOI: 10.3386/w24196.
※5 OECD (2023), OECD Employment Outlook 2023: Artificial Intelligence and the Labour Market, OECD Publishing, Paris, https://doi.org/10.1787/08785bba-en.